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株式新聞アーカイブス 〜その時相場が動いた〜

1987年10月、ブラックマンデー

2015-01-22

世界大恐慌を上回る大暴落劇

 現地時間1987年10月19日、ニューヨーク株式市場で史上最大規模の株価暴落が起きた。いわゆるブラックマンデー。貿易収支の赤字幅拡大や金利引き上げ観測などを背景にニューヨークダウは、実に508ドル、22.6%もの下落に見舞われた。プログラム売買によって売りが売りを呼ぶ展開となったこともあり、下落率は1930年代の大恐慌の引き金になったブラックサーズデー(暗黒の木曜日)の12.8%を大幅に上回って過去最高を記録。その暴落を受けて始まった20日の東京株式市場をはじめとするアジアの株式市場も売り優勢の展開となり、世界的な株価暴落につながった。

 ブラックマンデーを受けた10月21日付の株式新聞は、「世界同時株安、軒並みパニック状態」との大見出しを掲げ、連載企画などの予定を変更した特別紙面で同20日の東京市場の惨状を伝えている。

 87年10月20日の株式市場は日経平均株価が3836円安を記録。前場のうちに取引が成立した銘柄は56しかなく、値付き率はたった5%。株式新聞では1面(右上の画像クリックで拡大画面表示)で市場関係者に緊急アンケートを実施しているほか、各取引所が信用規制を緩和して緊急事態に対応したこと、大蔵省(当時)の藤田証券局長の「冷静な対応を」とのコメントも報じている。当時は株式新聞でも世界の株式市場の動向に2面1ページを割いており、そこで詳細な米国市場の動向を掲載。最終面では「兜町にショック走る」との見出しで暴落した相場のドキュメント記事を掲載しており、東京証券取引所にテレビクルーなど報道関係者が詰め掛けている様子を写真付きで報じている。この翌月には竹下内閣が誕生するスケジュールにあったため最終面には「竹下新総裁、市場は無反応 荒天の船出、前途暗示?」との記事もあった。

 なお、その前日、米国株式市場にとっては前週末もニューヨークダウが大幅安となっており、株式新聞紙面では「ろうばい売りは避けよ!」との見出しで提言がなされていた。皮肉にも翌日はブラックマンデーによる暴落となってしまうのだが、21日は日経平均が2037円高と急反発。その22日付の紙面では「暴落連鎖を断ち切れ」との力強いメッセージがつづられている。続く23日付紙面には早くも「全値戻し狙う」と報じられる。

“バブル時代の勢い”勝る

 87年の東京株式市場はバブル経済が盛り上がり、日経平均が89年12月末の史上最高値へ向けて上昇ピッチが速まっていたタイミング。ブラックマンデーによって株価は短期的に急落したものの、東京株式市場の上昇トレンドを崩すものではなかった。ブラックマンデー当時の紙面を振り返って感じたのは、バブル相場の東京市場の異常なまでの上昇パワーだった。

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