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新興国情報

コートジボワール大統領選混乱の真因と今後の見通し(後編)
2011/04/22

南北対立を生んだイボワリテ政策

1993年に同国のカリスマ的な存在となっていたウフェ大統領がこの世を去った後、憲法に則り1994年2月に政権を握ったのがべディエ大統領。ウフェ大統領ほどのカリスマ性はなく、借金に苦しむ国家運営を任された彼は、「イボワリテ」という概念を導入。「コートジボワール人としての純血性」とでも訳せばよいが、要するに、「移民は正当なコートジボワール人ではない」という考え方。カカオ豆の生産拡大を目的として同国に多数存在していた移民をスケープゴートとして、国の失政や国民の困窮の矛先をゆがめることを目指す。

またこの政策は、1995年に実施される予定の大統領選挙に向けた政略でもあった。ウフェ前大統領の下で経済政策を担っていたワタラ氏は有力な大統領候補で立候補意志も持っていた。しかしながらベディエ大統領はワタラ氏が北部移民系であることに目をつけ、イボワリテの概念を大統領立候補資格にまで拡大。ワタラ氏の立候補が不可能となる。ワタラ氏率いる野党側は選挙をボイコットするものの1995年に選挙は実施され、ベディエ氏が大統領に就任。

1999年、軍部を率いていたゲイ参謀総長がクーデターでベディエ大統領を追放し、翌年2000年に選挙を実施。この選挙で候補者の一人となったのが、現在の大統領で今回の混乱を引き起こしたバグボ氏。バグボ氏は、有力な候補者となるワタラ氏の立候補を妨げるため、イボワリテの観点からワタラ氏に立候補資格はないと改めて宣言。このような状況下で実施された2000年の選挙において、一度は当時現職のゲイ氏が当選したと発表されたものの、選挙結果の操作に対する国民の大規模な抗議行動を受けて辞任。そこで結果的にバグボ氏が大統領として就任した。

したがって、ワタラ氏とバグボ氏の直接的な対立は、2000年から始まっていたことになる。

バグボ大統領の就任後、コートジボワール北部地域でワタラ氏支持者に対する虐殺行為が判明。その後、同国南部最大の都市アビジャンでは経済成長が終焉したことに対する若者の不満が高まり、急進派の青年団体「愛国青年連合」が設立される。この団体は、形を変えつつも2011年に至るまでバグボ大統領を支持することになる。

この急進派をはじめとして、移民に対する人種差別的な発言や暴力があったことで南部と北部移民系との間で対立が急速に深まり、2002年−2003年の大規模な内戦に突入した。

以上が、コートジボワールの今回の大統領選混乱を引き起こした経緯である。すなわち、今回の混乱はあくまでカカオ豆生産拡大のための大規模な移民政策と、それと矛盾するイボワリテ政策が真因と言える。アフリカの内戦=植民地支配・部族間対立というイメージを持たれることも多いが、少なくとも今回のコートジボワールの混乱は、単純にその図式だけでは説明がつかないケースだったと考えられる。

経済の外部環境は追い風

最後に、同国の見通しを予測してみたい。

まず外部環境は、同国に対して追い風が吹いていると考えている。同国を支えるカカオ豆価格が大幅に下落するということは当面見込めず、周辺西アフリカ諸国の経済成長も安定的に推移すると考えられる。

そのうえで、輸出経済を支える物理インフラが今回大きなダメージを受けているとは言われておらず、既に港湾インフラも混乱前の状態に戻りつつあるという。これは外部環境の追い風を生かすうえで、ポジティブな点だと言える。

あとは、追い風に乗って前に進むために、どれだけ人々が協力して経済を支えるか、という点がポイントになる。

南部系住民の人権保護が大きなポイント、日本が担える役割は大きい

今回の混乱の結果、北部移民系のワタラ氏が大統領に就任することは間違いない情勢となった。イボワリテ政策の下で人種差別を受け、抑圧されてきた北部移民系が大統領となることのインパクトは極めて大きい。

北部移民系としてはもちろん大歓迎であるが、問題は南部の人々である。過去、北部移民系に対して行ってきた差別・暴力に対する報復があるのではないかという不安が大きいだろう。

もしワタラ氏が大統領として、「南部住民の人権を侵害するような報復的措置は許さない」という姿勢を明確化し、それに沿った治安維持を行えば、国の融合は進んでいくのではないかと考えている。実際ワタラ氏は今回の混乱収束のタイミングで複数回にわたり復讐の防止を呼びかけている。政権が北部系で中立性が保てないということであれば、国際的なNGOの活用などが考えられる。

なお、今回の混乱でバグボ大統領を支持していた南部系住民は国連を敵対視するに至った可能性は決して低くない。したがって、国連が動きすぎるのは同国に混乱をもたらす結果になりうる。一方で、日本政府は欧米諸国と比べると比較的中立な立場を保ってきたように見える。したがって、南部系住民の人権保護や治安維持には、国連とは独立した形も含めて、「日本」として積極的な支援を行うことが、今求められているのではないだろうか。

(佐藤 重臣)

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