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やさしい株式投資の話


第21章 相場は記憶力の勝負という側面もある

 相場観というのはいったいナニモノなのでしょうか。相場観が悪い、とかあの人は相場観があるとかいう相場観です。相場を見る目ということになるのでしょうか。

 横からみていて相場巧者の人、相場観がいい人にどうしてそんなに相場観がいいのですかとたずねてみても「いやあのときはここだ、ここしかないと思った」といった言葉しか返ってこないと思います。

 これは別に「相場観のよさの秘密」を教えないようにしているわけではありません。相場観といわれるヒラメキにだけ頼っている場合、本人も真正面から相場観といわれると、一寸返答に詰まるというのが本当のところでしょう。

 なんとなく「この場面ではこれ、このやり方しかない」というわけですから、意識の裏の無意識、記憶の奥の記憶が呼び覚まされているのに違いありません。というのも、何も背景がなければ何も思いつかない、思い浮かばないというのが理の当然だからです。

 たぶん、過去に投資したときうまく行ったケース、失敗したケース、他人でも著名な人の実例などが経験として蓄積されていているのです(過去に学ぼうとしない人は論外です)。

 そして、いまの状況をつかむと、かつての類似例やその類似例のとき失敗したのはこれこれしなかったからだといったことが瞬時に浮かび上がり、行動をとらせ、その結果相場観がいいねといわれるようになるのでしょう。

 よく感じることですが、少なくとも世界最初の相場(大阪堂島での米先物相場、オランダのチューリップ投機)以来、人間の心理などはほとんど変化なく、恐怖心と傲慢、その間を昔も今も同じように揺れているからだと思います。

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